4限終了のチャイムが鳴り響く。
2年1組の教室からパタパタと音を立てて女生徒が小走りに出てくる。
放送部の花形キャスター、美紀だった。
校内に映像放送システムを持つこの学園では、給食の時間に放送部による番組が放送される。
放送部のスタジオに入った美紀はセットの椅子に座ると、すばやく原稿をチェックし、操作室のオペレータに目で合図した。
「こんにちは。学園ニュースの時間です。本日は私、山枝美紀がお送りします」
その声に教室で給食を食べていた男子生徒たちが一斉に顔を上げる。
テレビにはブレザー姿でにっこりと微笑む美紀の姿が映っていた。
何割かの男子の目には軽い失望の色がうかがえる。
キャスターは当番制だ。
全裸当番のときにわざわざキャスターを務めることはない。
分かってはいるのだが、みな、「ひょっとして」という期待を持たずにはいられなかった。
「さて、体育祭まであと2ヶ月です。
今年の体育祭は初めて、3学年そろっての開催となります。
今日は体育祭の歴史をお送りします」
画面が切り替わる。
そこには「第1回体育祭」と書かれた入場門が写っていた。
美紀のナレーションがかぶる。
「一昨年の体育祭は1年生、今の3年生だけで行われました。
当時の白組の団長は譲二さん、そして赤組は康平さんです」
団旗を持った譲二が写り、そして康平が写る。
(体育祭かぁ。
体育祭のときも全裸当番とかあるのかなぁ)
直子はぼんやりと考えながら画面を見つめていた。
カメラはアングルを変えながら生徒たちの入場を写していく。
みんな体操服姿だった。
直子は少しほっとした。
選手宣誓が終わると準備運動が始まった。
カメラが全校生徒―――とはいっても、この当時はわずか50名足らずだったが―――を俯瞰する。
そのとき、直子は全裸の少女を見つけた。
見る限り、全裸は一人だけだった。
体操服の生徒に混じり、一人だけ全裸の少女はほんのりと頬を上気させて準備運動を続けている。
(他には・・・あ、この人一人だけなんだ・・・)
少し古さを感じさせるポニーテール。
だが、赤い鉢巻には似合っていた。
なで肩のこの女生徒は手足がすらりと長く、細身ではあったが筋肉質であることは傍目からも容易に分かった。
画面からは股間の割れ目も陰毛も確認できなかったが、もし発毛していたとしてもそれは非常に面積が狭いか、あるいは薄かったことだろう。
「あの人、陸上部の先輩なんだ。長距離の」
里美に言われて直子は頷いた。
確かに細身で足の長い体型は長距離向きかもしれない。
競技の様子はハイライトで紹介された。
人数が少ないからか、それともその運動神経ゆえか、彼女はやたらと画面に登場していた。
単に裸だから目立つだけかもしれない。
騎馬戦では騎手を務めていた。
足を開いて半立ちになるため、カメラが後ろに回ると陰部は丸見えになった。
つるりとした大陰唇がかすかに開いていた。
帽子を左手で押さえながら右手で「あっち!」と指差すその姿はまるで、自分が―――自分だけが―――全裸であることを忘れているかのようだった。
そしてもっとも長い時間のかかる競技、5000メートル走が始まる。
当然、陸上部長距離選手の彼女が登場した。
スタートからぶっちぎりの独走態勢となった彼女をカメラはずっと追っていた。
長い足を生かしたストライド走法。
カメラは彼女のスニーカーからふくらはぎ、太もも、そして股間のあたりを写している。
マラソンの実況中継でも別に珍しくはない構図だろう。
だが、そこに延々と映し出されているのはまだ発毛もおぼつかない、中学1年生の少女の局部なのだ。
(これ見てる先輩、どんな気持ちだろ・・・)
直子はもし、自分が同じ立場になったらどうだろう、と思った。
そして無意識のうちに自分の股間に目を落とした。
まだ発毛の兆しさえない局部。
(ここをみんなが見るんだ・・・)
ふと周りを見回してみる。
みんなテレビに釘付けになっている。
(あたしもあの先輩と同じ・・・あたしだけ裸なんだ・・・)
みんな、先輩の裸体を他人事として受け止めている。
しかし、現に一人だけ全裸で座っている直子にはそうは思えなかった。
みんなの視線がまるで自分に―――自分の股間に注がれているような気がした。
「・・・子?直子?どうしたの?」
里美の言葉にはっと現実に引き戻される。
「う、ううん。なんでもない」
そう言って愛想笑いをしながら直子は足を組んだ。
少しでも、自分からもその可愛い割れ目が見えないように。
「第1回の体育祭の優勝は赤組でした。
第2回の体育祭は私たち、今の2年生が加わり、総勢百二十二名で行われました」
美紀のナレーションとともに「第2回体育祭」の入場門が映し出される。
「第2回の体育祭では原点回帰を求める声があり、古代オリンピックにならい、女子は全裸で競技を行うことになりました」
女子の間から小さく「えーっ」という声が漏れる。
体育の授業では全裸だとはいえ、男女別に行われる。
体育祭ではみんなが注目している中を跳んだり、走ったりしなければならない。
他の女子の反応とは異なり、直子は(よかった。みんな一緒なんだ)と安堵していた。
美紀の言葉通り、入場門から行進してくる女生徒たちはみな、全裸だった。
「この精神は現在の体育授業にも取り入れられています。
肉体を競い合うスポーツにおいて、もっともふさわしい服装が全裸であることは言うまでもありません」
(どうして男子は服を着たままなんだろ・・・)
直子はそう思った。
里美にそう言うと、里美は小声で答えた。
「かわいそうじゃない、そんなの」
「えーどうして?
裸でいなきゃなんない、あたしたちだってかわいそうだよ」
「馬鹿ね。
直子、自分がかわいそうとか思ってたの?
この学校の女の子に太った娘がいないのはどうしてだと思う?」
「さぁ」
「太った裸なんか見せられないわよ。
だから、みんな自然と体型に気を遣ってるのよ」
「あ、そうか」
「とはいっても特に太ってたり、痩せてたりしなきゃ女の子の裸は綺麗でしょ?
でも、男の子の裸って、相当かっこよくなけりゃ綺麗じゃないわよ。
それに・・・年頃の男の子だったら思いがけないときにアレが・・・ね」
「アレって?」
「勃起」
「やだぁ」
「だからさ、それ見られるのも嫌だろうし、直子だって自分が裸のときにそんなの見るの嫌でしょ」
「うん」
「全裸になれるのは綺麗な裸の女の子の特権なのよ。
男の子たちはみんな、うらやましそうに見てるのよ。
綺麗な洋服を自慢するようなものよ」
「そっか・・・」
直子は次第に嬉しくなってきた。
「じゃあ、里美は今、あたしが全裸当番でうらやましい?」
「そりゃそうよ。
だって、今日のうちのクラスのヒロインは直子だもん。
しかも一人だけでさ、目立ちまくりですっごいうらやましい」
里美の言葉は本心からのように思えた。
直子は赤面した。
しかし、それは羞恥による赤面ではなく、歓びの赤面だった。
「このときの体育祭では、よりよい記録を出すためにある小物が使われました。
それがこちらです」
美紀のナレーションにふたたび視線をテレビに戻す。
美紀の左手には紺色の布があった。
「これは伸縮性のある、水着と同じ素材でできていて、バストをしっかりと保持します。
これで激しい競技の際にも行動を制限されることがありません」
画面は徒競争のスタートに切り替わった。
スタートラインに立った女生徒たちはみな、先ほどのスポーツブラのような形をしたトップスをつけている。
もちろん、下半身につけているものは靴下とスニーカーだけだ。
胸を隠し、下半身だけを露出したような格好で女生徒たちはクラウチングスタートで構えた。
お尻を高く突き上げる。
前からのカメラからも女生徒たちの頭の上に桃のようなお尻が見える。
号砲とともに一斉にスタートする。
たしかに、あのトップスなら胸の揺れで走りにくいということもなさそうだった。
ゴールした女生徒たちが団に戻っていくと、一位を取った生徒にみんながハイタッチで迎えた。
紺色のトップスと肌色のお尻のコントラストが奇妙だった。
「このように原点回帰を目指しつつも、良い点は取り入れていく、それが我が学園のモットーでもあります。
もし、単に原点回帰するだけであれば、靴下も、靴も認められるものではありません。
しかし、靴下も靴も、その機能という点において非常に重要な役割を持っています。
足の裏を保護するためには靴、そして靴を履くためには靴下は欠かせません。
現在、全裸当番が靴と靴下は履いてもよい、という規則は理にかなったものだと言えますね」
美紀はそう締めくくり、そして昼休みの放送は終わった。
剛三は校長室でそのテレビを見ながらうんうん、と頷いていた。
ファーストチルドレンの広告塔として美紀は申し分ない。
予算的に多少無理をしたものの、テレビという強力なプロパガンダ媒体を手に入れたことは大きな効果をもたらしていた。
さらに、この放送が一見、生徒の自主的な運営であるように見えることも効果を増大させている。
美紀は原稿を読んでいるだけなのに、生徒たちはみな、それが美紀の考えであるかのように受け入れていた。
美紀が今まで全裸当番の日にキャスターをしなかったのは剛三の指示によるものだった。
剛三は美紀に全裸でキャスターをさせるタイミングをいつにすべきか、ずっと考えていたのだ。
影響力の大きい美紀だ。
男子生徒が過剰に反応すれば女生徒たちの反感を招く。
だが、タイミングさえうまくいけば、女生徒たちを一気に転ばせることができる。
そうなれば、1年生を含む女生徒たちが自らの意思で全裸で登校してくる、という夢の計画が完成するのだ。
いつにすべきか・・・。
しばらく目を閉じて考え込む。
今のままではダメだ。
羞恥心を根本から覆すための「なにか」がなければこの計画は成功しない。
その直後に美紀を全裸でカメラの前に立たせ、そして「そうあるべきなんだ」という錯覚を持たせるのだ。
剛三はやおら受話器を手に取ると、体育祭運営委員会の招集を告げた。
タイミングは体育祭の直後だ。
文章:めんたい60さん