第2章 トータル・コーディネイト
 
 「ステディボーイ」の巻頭グラビアをはじめ、いくつかの撮影をこなした後、火山朱美は所属事務所ATプロモーション
が用意した都内のマンションに移ることになった。
 実家が横浜にある朱美は、引っ越す必要性など特に感じなかったし、家族、とりわけ父親は強く反対したのだが、芸
能活動をしていくうえで、絶対に必要だというプロダクションの強い説得に押された形になったのだ。
 
 地図を頼りに着いたのは、都心にある新しい5階建てのお洒落なマンションだった。教えられたナンバーでオートロッ
クを解除し、エレベーターで最上階に上がる。約束の時間より15分前だが、すでにマネージャーの炭谷が来ているは
ずだ。
 チャイムを鳴らすと、ガチャリとドアが開いて、炭谷がいかつい顔を突き出した。30歳台半ばの体格の良い男であ
る。アイドルのマネージャーというよりは、刑事かガードマンのように見える。
「おう、朱美。時間よりも前に来るというのは、良い心がけだ。」
「おはようございます。」
 さわやかにあいさつをしながら、朱美は部屋の中に入った。日差しが明るくて、なかなか良い部屋だ。2DKと少し手
狭ではあるが、1人暮らしにはちょうどいい広さである。
「やあ、いよいよ芸能界での活動が本格的に始まるね。」
 窓際に立ってニッコリ微笑んだのは、土本創児だ。
「あっ、先生…。お、おはようございます…。」
 朱美が複雑な表情を浮かべてあいさつをした。芸能界を目指して頑張ってきた彼女にとって、時代の寵児・土本創児
は依然として憧れのプロデューサーではあったが、彼の名前と顔は、どうしてもあの恥ずかしかったオーディションの記
憶につながる。知らず知らずのうちに、朱美は頬が熱くなってくるのを感じた。
「新しいお部屋は気に入ったかしら?」
 部屋の隅から背の高い女性が声をかけてきた。朱美についているスタイリストの赤川由紀だった。
「由紀さんも?みんな揃って来てくださったんですか?」
 キリッとした顔立ちと抜群のボティラインが売り物なだけに、ともすれば年齢より上に見られがちな朱美だが、少し驚
いた様子で目をまん丸にすると、17歳の少女にふさわしいあどけなさが表情に浮かんでいて、とても可愛い。
「引っ越しも重要なスケジュールさ。アイドルになれば、24時間いつでもアイドルなんだよ。」
 土本が思わせぶりな口調で答えた。
 その時、ドアのチャイムが鳴った。朱美の荷物が届いたのだ。
 
 タンスやドレッサーなどの家具が運び込まれ、続いて衣装ケースや段ボール箱が床に並べられた。
「じゃあ、始めようか。」
 土本が言うと、マネージャーの炭谷が、荷物を運んできたアルバイト学生らしい2人の手を借りながら、衣装ケースを
開け始めた。
「あっ、私がします。」
 朱美が慌てて駆け寄ろうとするのを、土本が押しとどめた。男達の手で、朱美が持ってきた服が1枚、また1枚と床の
上に広げられていく。
「何をするんですかっ?!」
 炭谷たちに自分の服を探られるのが嫌で、朱美は自分の腕を掴んでいる土本をキッと睨んだ。しかし、土本は全くひ
るむ様子を見せない。
「言っただろ、アイドルは24時間アイドルなんだ。普段着も含めて、私たちが責任を持ってコーディネートする。君を売り
出すコンセプトに合わない服は、気の毒だが捨ててもらう。そのために赤川君にも来てもらったんだ。」
 赤川が服をより分けている間も、炭谷たちは朱美の衣装ケースをひっくり返していく。女の子にとって、服は自分の分
身のようなものだ。床に散らばった服を見て、朱美は悲しくなってきたが、土本に一喝された迫力に押されて、何も言え
ないまま立ちすくんでいた。
「こっちの分は廃棄処分よ。あんまり残しておくものがないわね。」
 赤川が指さした中には、朱美がお気に入りのセーターや、バーゲンで掘り出し物を見つけたと喜んで買ったスカートな
ど、大切な衣類が積まれている。思わず目に涙が浮かんできた。
「捨てないでください。ここに置いておけないなら、家に送り返しますから。」
「ダメだ。服を捨てるか捨てないかが問題じゃあなくて、そのぐらいの覚悟があるかどうかが問題なんだ。根性が座って
いないで、これからやっていけると思っているのか。」
 炭谷に頭ごなしに怒鳴りつけられて、さすがの朱美もしゅんとなってしまった。
「これ、下着ですよ。」
 アルバイト学生の声に、朱美は再び駆け寄ろうとして、土本に腕を引っ張られた。
「ちょっと!見ないでください。いやっ!」
 朱美が悲鳴に近い声をあげて抗議するのもおかまいなく、可愛らしいパンティやブラジャーが鷲掴みにされ、散らされ
た花びらのように床にばらまかれる。
「下着は全部没収だ。」
「どうしてですかっ!」
 気の強い朱美は、炭谷にくってかかる。そこに、土本が割って入った。
「朱美。君はまず、グラビア系のセクシーアイドルとしてデビューさせる。いわばモデルだ。モデルは体のラインが命だ
から、そのために、普段は体のラインを維持するための下着を着けてもらう。」
 土本は噛んで含めるように言い聞かせる。
「そして、撮影の時などは、下着のラインが体につかないよう、この部屋を出る時から、下着は着けずに、現場に行か
なければならない。だから、こういう下着はもう要らないんだ。」
 土本の説明は論理のすり替えがあるのだが、それらしい理屈を言われると、朱美としては不承不承、したがわざるを
得なかった。
「その下着、欲しければ、2、3枚持って行っていいぞ。」
 アルバイト学生の1人が物欲しそうに眺めているのを見て、炭谷がこともなげに言った。
「えっ、いいんですか。」
 アルバイトが目を輝かせた。あまりのことに、朱美が再び抗議の声をあげる。
「だめっ、駄目ですっ!」
「朱美っ!」
 炭谷が雷のような声で怒鳴りつけた。
「事務所が没収した以上、もうお前の下着じゃない。捨てようが、売ろうが、スタッフに配ろうが、事務所の勝手だ。」
「じゃあ、これをもらおう。」
 アルバイトはリボンのついた可愛らしい純白のパンティを手に取って、ポケットに突っ込んだ。すると、もう1人がニヤ
ニヤ笑いながら言った。
「俺、できれば朱美ちゃんが今履いてるやつが欲しいんですけど。」
「えっ!」
 朱美が今にも泣き出しそうな顔で炭谷を見た。
「当然、それも没収するんでしょ。」
「そうだな。今、身につけている下着も没収しなきゃならないな。」
 アルバイトの問いに深くうなづいた炭谷は、朱美に向かって言った。
「朱美、下着を脱ぎなさい。」
 もじもじしている朱美に、追い打ちをかけるように土本が言った。
「自分で脱げなかったらどうなるか。君はもう十分知っているはずだよ。」
 それがとどめだった。朱美は半べそをかいて、土本たちに背を向け、ブラウスのボタンを外していった。
 炭谷が「こっちを向け」とその背中に怒鳴りつけようとしたのを、土本が無言で押しとどめた。その目は「お楽しみは、
少しずつだよ。」と言っている。
 ブラウスの袖を器用に抜いて、ブラジャーを外し、スカートの中に手を入れて、パンティを下げていく。
 脱いだばかりの下着を炭谷がひったくり、アルバイト学生に渡した。
「へへへ、朱美ちゃんの勾いがする。」
 アルバイト学生はおどけた様子で、受取ったパンティの股間部分をクンクンと嗅いで見せる。
「キャアッ、やめて!」
 朱美は、耳まで真っ赤になって、パンティを取り返そうとしたが、またもや土本に押さえられた。
「ああ、そうだった。下着をつけてもいい時のために、少しだけ事務所から支給する分があるんだ。」
 そう言いながら、炭谷は持ってきたカバンの中から、ショッキングピンクのレースのブラジャーを取り出した。手渡され
たそれは、乳房の根元をおさえるだけで、乳首がとび出そうなデザインだ。続いて取り出したのは同色のレースのスキ
ャンティで、股下が深くえぐられ、切れあがったVラインは指二本分ほどの幅しかない。しかも、ヒップは紐のみのボトム
レスで、ふくよかな尻たぶが丸出しになってしまう。
「へへっ、セクシーだろ。ちょっと試着して見せてくれよ。」
「ここでですか?」
 朱美は泣きそうな顔をしている。試着しようとすれば、当然、全裸にならなければならないのだ。
「そうだ。モデルはどこででも着替えなきゃならないんだぞ。さあ、ぐずぐず言わずに着替えるんだ。」
「よし、下着のファッションショーだ。」
 土本まで調子にのって囃したてる。
 朱美は顔を赤らめながらブラウスを脱いだ。大きな胸の膨らみがプルンと顔を出す。朱美は慌てて片手で隠したが、
いくら必死に覆っても豊かな乳房は、華奢な彼女の手で覆いきれるものではなかった。
 片手でスカートのホックを外してファスナーを下げていく。スカートが音もなく落ち、朱美は一糸まとわぬ姿になった。両
手を使い、腰をくの字に曲げて露出した肌を少しでも男達の視線から隠そうとしているが、ピチピチしたセクシーな身体
のラインは覆うべくもない。
 全裸でいるよりはマシとばかりに、朱美は急いでエッチな下着を身につけた。
 目にしみるような白い肌、ブラジャーを突き破らんばかりに盛あがった双乳。スキャンティの紐がくいこんだ腰のあたり
の悩ましさはどうだろう。男達は思わず生唾を呑んだ。
「こんな格好、恥ずかしい…」
 裸でいるよりももっと卑猥な感じがする姿に、朱美は耳まで真っ赤になってつぶやいた。
「おおっ、エッチでいいね。」
 炭谷が卑猥な笑みを浮かべながら言った。
「そうお?安物のフーゾク嬢みたいだわ。」
 赤川が軽蔑の色を浮かべた視線を、炭谷と朱美に投げかける。無理やりそんな格好をさせられた朱美は、悔しくて、
目尻が熱くなってくるのを感じた。
「それなら、こっちの方がまだ、お洒落だわ。」
 赤川が炭谷のカバンから取り出したのは、黒いラバーで作られたブラジャーとパンティ。ボンデージ・ルックである。
 身につけると、素肌にラバーが密着する感触が気持ち悪く、体がきつく締め付けられて、まるで縛られているようだ。
長く着ていると、汗で蒸れてしまうにちがいない。下着というよりは、拘束具と呼ぶほうがふさわしいものだった。
 赤川は腕を組んで朱美の姿を見つめ、眉根を寄せて言った。
「ただし、お肌にはよくないから、これはあまり、着けない方がいいわね。」
 朱美はほとんど「着せ替え人形」状態だ。しかも、着替える度に、5人の視線にさらされながら全裸にならなければな
らない。とりわけ、アルバイト学生たちは食い入るように朱美の着替えを見つめている。抵抗する気力は無くなっている
ものの、こみあげてくる恥ずかしさは耐え難く、なんとか露出してしまわないよう、朱美は手や脚で胸や下半身をかばう
のだった。
「ちょっとこれを着けて見ろ。」
 土本が渡したのは、オールインワンタイプの白い下着だった。やっと普通の下着だとホッとしたのもつかの間、実際に
着てみて、朱美は愕然とした。
 胸のトップの部分と、股間の部分が薄いシースルーの布地になっており、小豆大の乳首も黒々とした翳りもくっきり映
ってしまっている。これでは、下着本来の用をなさない。
「何?この下着!」
 朱美は思わず声をあげてしまった。
 土本は朱美のとまどいを楽しみながら、赤川に声をかけた。
「ちょっと、あそこのヘアが濃すぎないか。」
 言われた朱美は、これ以上ないほど真っ赤になった。確かに、どちらかと言えば濃い方ではあるが、極端に多すぎる
ほどではなく、むしろ見るからに男心をそそる淫らな生え具合だ。基本的なビキニラインの手入れもしてあるので、水着
のモデルぐらいなら全く差し支えないだろう。しかし…。
「ムダ毛を処理しないといけないわね。」
 赤川が言うと、土本はニヤリと笑って答えた。
「そのようだな。」
 


 
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