産隆商事のニューフェイス 2 最下位のペナルティ
 
第3章
 
「おい、仲尾!」
 昼休みが近づいた頃、課長の柴田が由依を呼んだ。
「はいっ!」
 営業成績最下位のペナルティで裸で仕事をさせられ、朝からずっと恥ずかしい思いをしてきた由依は、柴田に呼ばれ
るなりビクリと肩をふるわせて立ち上がった。
 男子社員が好色な視線を投げつけてくる中を胸と股間を隠して歩き、全裸のまま柴田の机の前に立つ。
「昼飯を買ってきてくれ。弁当10個だ。内訳はここに書いてある」
「はい…」
 メモとお金を受け取った由依だったが、なおも柴田の前に立ってもじもじしている。
「なんだ?」
「あの…、ロッカーの鍵を…お願いします」
 由依が脱いだ衣類はすべてロッカーに入れられて、鍵がかけられている。鍵は柴田が持っているのだ。
「どうして?」
 柴田が冷たい声を放った。
「お弁当を買いに外に出るので…、服を着ないと…」
 涙目になった由依が言う。
「何を言ってるんだ。弁当屋はすぐそこじゃないか。そのまま行ってきなさい」
 柴田が意地悪く言った。これも、最初から仕組まれていることだとわかったが、ここで引く訳にはいかなかった。裸で
外を歩くなんて、考えただけで恥ずかしくて、気が変になりそうだ。
「そんな…、そんなの無理です。許してください」
 由依は半泣きになって哀願した。
「つべこべ言うな、これも最下位のペナルティだ。二度としたくないと思ったら、次は必死でがんばるだろう」
「で、でも…」
「よし、お前たち、玄関まで一緒に行ってやれ」
 二人のやりとりを興味津々の様子で見守っていた男子社員たちに、柴田が声をかけた。
「はい、わかりました!」
 谷口をはじめ4人の男子社員が立ち上がり、由依の腕を引っ張り、背中を押すようにして部屋を連れ出した。
「いやです!ああっ、お願いっ」
 引きずられるように廊下を通り、エレベーターに乗って正面ロビーに出てからも、由依は必死で抵抗していた。受付嬢
たちが驚いた顔で見ている。
「ホントにお願いです。ホント、ムリですっ!」
 首を振ってイヤイヤする度に、肩まである髪が乱れて、頬にかかる。その様子が色っぽくて、男たちは興奮した。
「じゃあ、お弁当よろしくね」
「ここから見ていてあげるよ」
「さあ!」
 背中を押され、お尻をペチンと叩かれて、由依は自動ドアから押し出された。外の空気が身体を撫で、自分が素っ裸
であることを再確認させる。足がガクガクと震えてくる。
(どうしよう、信じられない…)
 まさか、本当に裸で外に出されるとは思ってもいなかった。しかし、出されてしまった以上、もはや覚悟を決めるしかな
い。こうなったら、一刻も早く弁当を買って会社に帰るのだ。
 少し背中を丸め、両手で胸と股間を隠しながら、由依は人や車が行き来する大通りを小走りに駆けていく。日差し
は、夏を思わせる強さで由依に降り注ぐ。悪夢だと思いたかったが、裸体にじかに感じる陽光の熱や空気の流れはど
う考えても現実のものだった。
「うおっ!な、なんだ!」
「見てよ、あの人?」
「おい、あれ、裸だぞ!」
 道行く人たちが騒ぎはじめる。オフィス街の昼休みに突然現れた全裸女性は、たちどころに注目を集めた。
(ああ、ウソよ、こんなの!)
 由依は泣きそうになりながら、汗ばんだ肌を桜色に染めて、日差しの中を駆けていく。
 会社の先にある信号を渡り、少し道を戻る感じで、ほぼ会社の真向かいにある弁当屋に着いた。
 ふと見ると、道路の向こう側では、営業部の面々に他の社員も加わって、数十人が会社のエントランスのガラス越し
にこちらを見ている。
(ああ…、あんまりだわ、裸で外を歩かせるなんて…)
 由依はガラスに向かって、恨めしそうな視線を向けた。
 弁当屋の前には、既に数人の客が列を作っていた。できるだけ目立たないよう、そっと最後尾に並ぶ。恥ずかしくて
恥ずかしくて、心臓がドキドキ高鳴っている。
 前に並んでいた中年のサラリーマンがふと振り返って、ギョッとした表情を浮かべた。由依は視線を逸らし、身を堅くし
て立っている。
 由依のことは、すぐに他の客も気づくところとなった。並んでいる客たちの視線が剥き出しの素肌につきささる。由依
は全身をもじもじさせ、太腿をよじり合わせた。
「興奮するね!」
 会社のロビーから弁当屋の様子を見ていた谷口がそう言った。全裸の由依がおろおろしているのが見える。
「ああ…」
「ドキドキするよ!」
 他の営業部の面々も、その姿に興奮を隠せなかった。
 露出した肌をじろじろ見られて、羞じらう由依の様子がたまらなかった。キュウッと切なく眉を歪めて、今にも泣き出し
そうな表情がいい。
「何?AVの撮影?」
 一瞬、目を丸くした弁当屋の店員が、怪訝そうな表情で尋ねてくる。今日に限って若い男性店員だ。頬から火がでる
ような羞恥に襲われ、由依の眉が歪む。
「いえ、あの…、罰ゲームで…」
 真っ赤になった由依が、しどろもどろに答えた。
 店員が弁当を用意する間、由依は全裸で佇んでいた。両手で胸と股間を隠し、俯く彼女に通行人の視線が集まる。
キュッと締まった丸いお尻は隠しようが無く、大勢の視線を浴びている。
(ああ、そんなに見ないで…)
「はい、お待たせ!」
 大きなビニール袋2つに詰め込まれた弁当を見て、由依は意地の悪いたくらみに気がついた。これを両手に持たな
ければならないとなれば、胸も下半身も隠すことはできず、全裸の身体を晒しながら会社まで戻らなければならない。
弁当屋の店員も期待に目を輝かせている。
 下腹部をおさえていた手で、弁当を入れた袋を持ち、股間を隠すようにした。一瞬、真っ白い下腹部に可憐な扇型の
茂みが見えたのを、周りにいたほとんどの男が見逃さなかった。
 続いて、もう一方の手にも袋を持った。胸を隠すことができなくなり、必死に隠していた乳首が丸見えになる。
「いい身体してるね。」
 ニヤニヤ笑いながら、弁当屋の店員が言った。つんと突き出した乳房、キュッと締まったウエスト、若々しい太腿に脚
線美、両手をふさがれた由依は、その全てを晒しているのだ。
 彼も他の客も、羞恥にまみれた由依の表情とその肢体を見つめている。その視線から逃げるように、由依は小走り
に駈け出した。
 サラサラの髪が風になびく。ふっくら隆起した乳房が波うち、ウエストからヒップにかけてのラインが揺れる。下腹部に
は濃い陰りが繁茂している。由依は全てを白日のもとに晒しながら、前に進むしかなかった。
 こんな時に限って、交差点では、運悪く赤信号で捕まってしまう。街ゆく人たちの視線が由依に注がれた。
「なんだ、あの娘…」
「おかしいんじゃない?」
「可愛い顔して、変態だぜ…」
 由依を遠巻きに信号を待つたちの、そんな囁きが聞こえる。全身から冷や汗とも脂汗ともつかないものが、ドッと噴き
出てくる。消え入りたくなるような羞恥が全身を充たす。
(見ないで…。は、恥かしい…)
 しかし、由依に抗議をする術はない。全裸で外に出ているのは彼女の方だ。警察に見つかれば、自分の方が逮捕さ
れるだろう。青信号になった途端、由依は必死で駈けだした。
(ああ、み、見ないで…、ああん…)
 祈るような気持ちで走りながら、由依は行き交う人々の視線を感じていた。今や通りに人だかりができ、男たちが好
奇の目で由依の肢体をなめ回す。女は軽蔑や憐憫の視線を投げてくる。その中を、由依は両手に弁当の袋を持って、
必死で駆け抜けるしかなかった。
「はあ、はあ、はあ…」
 全身が汗びっしょりになり、呼吸が苦しくなってくる。
 ようやく会社のドアをくぐった時、由依の目にじわりと涙が滲んできた。弁当を床に置いて、その場で膝を抱えて座り
込む。
「ご苦労様」
 口々にそう言いながら、営業部の面々が、うずくまったままの由依を取り囲む。
「じゃあ、そのままお弁当を営業部まで運んでよ」
 谷口が当然のことのように、そう言った。

 


 
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